抗HIV治療ガイドライン2016年3月版が発行されています。この中から抗HIV薬投与のタイミングについて私の調べたことを甥っ子の陽介に話したいと思います。
あなたもちょっとだけお付き合いください。
(甥っ子陽介)おじさん、今日のお話しは何ですか? | (私)陽介、HIV感染者に使う薬の話だよ。 |
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(陽介)抗HIV薬のことですか?体内のHIVが増殖しないように抑える薬ですよね?
(私)そうだよ。その抗HIV薬の使われ方が少しずつ変わってきてるんだよ。
(陽介)そうなんですか。どんなふうに変わってきてるんですか?
(私)それは、『抗HIV治療ガイドライン(2016年3月発行)』に書かれている。一言で説明すると、「薬を使い始める時期が早くなった」んだよ。
(陽介)薬を使い始める時期が早くなった?それってどういうことですか?
(私)例えば、陽介が熱が出たり咳が出て病院へ行ったとする。そして風邪だったり、インフルエンザだと分かったとする。するとどうなる?
(陽介)え?そりゃすぐに治療してくれますよ。点滴や注射うったり、薬飲んだりします。当たり前でしょ?
(私)そうだね、普通は病気が分かればその病気に効く治療をすぐに行うよね。でも、HIV感染症の場合はそうじゃない。HIV感染が分かったからと言ってすぐに治療を開始するとは限らないんだよ。
(陽介)え~!!!HIV感染が分かってもすぐに治療しないんですか?それはなぜですか?
(私)HIVと言うウイルスは人間の免疫細胞を破壊し、どんどん免疫力を低下させるってことは教えたよね?
(陽介)はい、前に『HIVに感染するとなぜ免疫不全になるか』と言うお話の時に教えてもらいました。
(私)それで、HIV感染が見つかった時点で、まだ日和見感染症がなく本来の免疫力がある程度維持されている患者についてはすぐに治療せず、経過観察を行うんだよ。
そしてこれ以上免疫力が低下すると日和見感染症が危ないとなれば、そのタイミングで抗HIV薬の投与を開始するんだ。
(陽介)ふ~ん・・・そうなんですか。僕なんか免疫力の低下を待たずに早く治療すればいいのにと思っちゃいますね。
(私)そうだね。でもただちに抗HIV薬の投与を開始しないのには理由があるんだよ。
それは主にこんな理由だ。
●抗HIV薬はいったん投与を開始すると中断、中止することが出来ずずっと飲み続けなければならい。
●抗HIV薬による強い副作用が出ることがある。
むろん、すでにエイズを発症していたり、CD4の値が350を切ってるような場合だとこんな理由も言ってられないのですぐに治療が始まるけどね。
(陽介)でもおじさん、最初の話だとこの抗HIV薬を使うタイミングが早くなってきたんでしょう?
(私)そうなんだ。ちょっと「抗HIV治療ガイドライン2016年」から見てみよう。このガイドラインの中に、「抗HIV薬治療開始時期の目安」という項目がある。
『抗HIV薬治療開始時期の目安』(2016年3月)
1.エイズを発症していない場合
①CD4陽性Tリンパ球が500/μLより多い
⇒治療を開始してよい。
②CD4陽性Tリンパ球が500/μL以下
⇒治療を開始する。
2.エイズを発症している場合
⇒治療を開始する。
こんなふうにガイドラインに書かれている。
(陽介)何か日本語が微妙ですね。エイズを発症していればすぐに治療開始は当然だと思うんですけど、エイズを発症していない場合、CD4が500/μLより多ければ「治療を開始してよい」で、500/μL以下なら「治療を開始する」ですか。
だったらCD4は500/μLより多くても500/μL以下でも治療を開始だから結局HIVに感染している人は全員治療開始ってことじゃないですか?
(私)その通り。抗HIV治療ガイドブックの2016年版では、CD4の値によらずHIV感染が分かった時点ですぐに抗HIV薬の投与開始が望ましいとされてるんだよ。つまり投与のタイミングを従来よりも早く推奨している。
ガイドラインの中ではこんな表現も使われているよ。
●原則としてCD4 数に関わらずすべてのHIV感染者に治療開始を推奨する。
●推奨の強さはCD4 数が500/μL 以下の場合は強い推奨
●500/μL より多い場合は中等度の推奨
となってるね。
(陽介)ふ~ん、そうなんですね。この抗HIV薬投与のタイミングって、従来はどんな基準だったんですか?
(私)それじゃ「抗HIV治療ガイドライン」の2014年3月版を見てみよう。そこにはこう書かれているよ。
『抗HIV薬治療開始時期の目安』(2014年3月)
1.エイズを発症していない場合
①CD4陽性Tリンパ球が500/μLより多い
⇒結論は出ていないが、二次感染を防ぐ観点から治療を開始してもよい。
②CD4陽性Tリンパ球が351/μL~500/μL
⇒積極的な治療開始が勧められる。
③CD4陽性Tリンパ球が350/μL以下
⇒治療を開始する。
2.エイズを発症している場合
⇒治療を開始する。
2014年のガイドラインにはこんなふうに書かれている。
CD4が500/μL以上の場合、2016年も2014年も同じ「治療を開始してもよい」という日本語表記だけど、推奨する程度は2014年がBⅢであり2016年はBⅠとなってる。⇒補足資料①
つまり2016年の方がかなり強く推奨している。
(陽介)なるほど。でもおじさん、どうして抗HIV薬投与の目安が変わったんですか?
(私)うん、2016年ガイドラインによると、
「2015 年に発表された大規模比較試験の結果に基づき治療開始基準を改訂した。」
と書かれてるね。
免疫力が高い時点で抗HIV治療を開始した方がその後の治療効果が高いことが分かってきたんだ。大規模比較試験と言うから多くの患者さんたちにどのタイミングで治療を開始するのがベストなのかデータを積み上げてきたんだろうね。
(陽介)なるほど。そのデータから、とにかく早く治療を開始した方が好結果と分かったんですね。
(私)そう言うことだ。ただ、早期の治療開始には問題もあるとガイドラインに書いてある。
(陽介)問題?それは何ですか?
(私)実は、抗HIV薬はとても高額で、およそ1ヶ月に15万円から20万円くらいかかる。
(陽介)うわ!それは高いですね!
(私)むろん、全額自己負担の場合だけどね。HIV感染者に対してはいろんな支援の仕組みがあるので、実際に払う医療費はほとんどゼロからひと月2万円くらいまでなんだよ。
(陽介)なるほど。
(私)その支援の1つが身体障害者手帳なんだ。HIV感染者は免疫機能障害として認定されると障害者手帳を取得することが出来る。これによって医療費の自己負担を軽減することも出来るんだよ。
(陽介)そうなんですか。
(私)ところが、HIV感染してまだ免疫力が低下していないときに治療を開始すると、この免役機能障害の認定を取得出来ない可能性があるんだ。
(陽介)え!それじゃ医療費が高くて大変じゃないですか。
(私)むろん医療費軽減の仕組みは身体障害者手帳の他にもあるけど、事前にソーシャルワーカーなど専門家に相談する必要があるんだ。
(陽介)そうですね。
(私)と言う訳で、抗HIV治療は早期治療開始の方向に段々と変わってきてるってことだね。
(陽介)はい。
(私)陽介、ここで大事なことが1つあるよね。何だか分かるかい?
(陽介)え?大事なこと?
(私)そうだよ。治療開始が早期に変わっていると言うことは?何が大事だい?
(陽介)え~っと・・・・あっ!分かりました!
(私)言ってごらん。
(陽介)早期のHIV検査です。早期に抗HIV治療を開始するには当然早期にHIVに感染しているって見つけることが必要ですよね。それには早期のHIV検査が必要です。
(私)まさにそうだね。早期発見、早期治療は全ての病気に対して言えるけど、HIV感染症もまたそう言える。
(陽介)おじさんがいつも言ってる、「早期のHIV検査は救命的検査」ってことですね。
(私)そうだよ。免疫力を出来るだけ高いレベルで維持してエイズを防ぐため、早期発見早期治療が大事って訳だ。
(陽介)分かりました。
(私)それじゃ今日の話はここまでにしよう。
(陽介)おじさん、ありがとうございました。
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補足資料
①推奨の程度を表す表記
●推奨の強さ
A:強く推奨
B:中程度の推奨
C:任意
●推奨のエビデンス(根拠)の質
I: 臨床的エンドポイントおよび/または妥当性確認済みの検査評価項目を設定した無作為化臨床試験が1件以上。
II: 長期的な臨床的エンドポイントを設定した、適切にデザインされた非無作為化臨床試験または観察コホート研究が1件以上。
III:専門家の見解。