献血のNAT検査をパスしてしまったHIVによって、輸血による血液感染が発生しました。すでに全国版のニュースで何度も報道されているのであなたもご存知だと思います。

いったいなぜこんなことが起きてしまったのか? あなたが気をつけるべき点を明らかにしたいと思います。

(甥っ子陽介)おじさん、ニュースみましたか?献血のHIV検査をすり抜けて血液感染が発生したニュースです。 (私)陽介、おじさんも見たよ。とても残念なニュースだね。
陽介 困った私

(陽介)いつか『献血でHIV感染が分かるか?』というお話をしてくれましたよね。今度のニュースを見てすぐに思い出しました。

(私)そうだね。以前、そんな話もしたね。ところで、今回のニュースをもう一度ここで簡単にまとめてくれないか。

◇ニュースの概要

(陽介)はい。僕がテレビと新聞で見たニュース内容はこんな感じです。

●今年11月に献血を受けた40代の男性が、献血のHIV検査で陽性であることが判明した。むろん、男性の血液は使われなかった。

●ところがこの男性は今年2月にも献血を受けており、そのときのHIV検査は陰性だった。

●しかし、保管されている2月に採取した血液を高精度の方法で再検査したところ、HIVが検出された。2月の時点では感染間もないため、ウイルス量が少なくて検査で分からなかったと思われる。

●2月の献血で採取された男性の血液を日赤が追跡調査しところ、すでに2人の患者に輸血用の血液として使われていた。

●2人のうちの1人、60代の男性はHIVに感染していることが確認された。

●残る1人については現在確認中とのこと。(その後の調査で80代女性に感染していなかったことが判明)

以上です。(2013年11月30日現在)

今回、輸血によってHIV感染が出てしまった原因は、HIVに感染して間もない男性が献血を受けてしまったためです。体内のウイルス量が少ないウインドー期だったため、血液センターのNAT検査でHIVを見つけることが出来なかったとされています。

(私)そうだね。テレビや新聞のニュースを総合するとおおかたそんな内容だね。ただ、もう2つ補足しておきたいね。

●このHIVに感染して献血を受けた男性は、2月の献血前の問診でHIV感染のリスクがある行為について事実と異なる回答をしていた。そのため、日赤ではこの男性が初めからHIV検査代わりに献血を利用した可能性が高いとみている。

●献血で集めた血液からのHIV血液感染は2003年を最後に今回まで発生していない。2003年に血液感染が発生したとき、その対策として一度にHIV検査する検体の量を、それまでの50人分から20人分に減らした。日赤では今回の感染を受けて完全個別検査も検討すると言っている。

以上の2点だよ。

(陽介)うーん、2つともよく分かりません。まず献血前の問診って何ですか?どんなことを質問されるんですか?

(私)それは日赤のホームページを見れば載っているよ。⇒補足資料①

例えばこんな質問があるんだ。

6ヶ月以内に次に該当することがありましたか?

①不特定の異性、または新たな異性との性的接触があった。

②男性同士の性的接触があった。

③麻薬、覚せい剤を使用した。

④HIV検査の結果が陽性だった。(6ヶ月以前も含む)

⑤上記①から④に該当する人と性的接触を持った。

こんな質問だよ。様するにHIV感染の可能性を質問しているんだね。該当する人は献血を遠慮してもらうことになっている。

今回HIVに感染していることが分かった男性は、今年2月の献血のとき、献血の2週間前に感染の可能性がある行為を行っていた。だけどそれを問診のときに事実と異なる回答をしていたんだ。

もし、事実をありのままに回答していれば献血は受けられなかったはずだ。では事実と異なる回答をしてまで献血を受けた理由は何か?

それはHIV感染の不安を持っていて、献血を検査代わりに使ったのではないか、そう思えるよね。

(陽介)なるほど。そういうことですか。分かりました。それから、さっき検査精度を上げるために一度に検査する件数を50人分から20人分に減らしたと教えてくれましたね。それってどういうことですか?

(私)NAT検査というのは非常に検査精度が高いしウインドーピリオドも感染から11日と最も短い。ただ、検査には手間も時間もかかる。だから年間500万件を超える献血件数を、1つ1つNAT検査していたらとても追いつかない。

(陽介)なるほど。だから初めは50人分をまとめて検査していたんですね。

(私)そうだよ。たぶん、50人分まとめて検査して、もしも陽性になったらその50人の血液を1つずつ調べるんだと思う。実際問題として年間に500万件を超える献血で、HIV陽性が見つかるのは100件前後くらいだ。⇒補足資料②

だからまずは50人分をまとめて検査したんだと思う。ところが2003年にそれでHIV検査をすり抜けて血液感染が起きたので、2004年からは20人分ずつ検査することにしたんだね。(下図参照)


献血件数とHIV陽性件数の推移(厚生労働省エイズ動向委員会のデータよりグラフ作成)

更に今回またしてもNAT検査をすり抜けたからいよいよ1件ずつ、完全個別検査にするような話が出てる。

(陽介)でもおじさん、どうして一度に検査する件数を減らすと検査の精度が向上するんですか?そこがよく分からないんですけど。

(私)それがね、おじさんも調べたけど分からなかった。もしかしたら、一度に検査できる検体(血液)の量が決まっているのかも知れないね。

例えば一度に検査できる検体の量が100ccに決まっていたとしたら、50件なら1件当たり検査できる量は2ccだ。それが20件に減れば1件あたり5cc検査出来るようになる。つまり検査の精度が上がるってわけだ。

(陽介)なるほど。でも今回20件でも見逃しが発生したんですね。

(私)そうだね。だから今後は1件ずつ検査したらどうかと言う指摘が上がっているんだ。ちなみに今回の男性の場合、2月にNAT検査をパスした血液が11月にはHIV陽性と判定されている。

これはこの男性の血液だけをNAT検査してやっとHIV陽性と分かったそうだ。それも3回検査してやっと1回陽性になったらしい。

(陽介)うーん、そうなんですか。個別に検査すると確かに検査精度は上がるんでしょうけど、今後は処理が追いつくかという問題が発生しますね。

(私)そうだね。単純計算だと今までの20倍も手間がかかるからね。

(陽介)でも、1件ずつの個別検査でも100%安全かと言えばそうではないんですよね?

(私)残念だが陽介の言う通りだ。NAT検査には11日間というウインドーピリオドが存在する。1件ずつNAT検査してもHIVに感染した直後に献血に来られるとやはり検査で見つけるのは難しい。今回の男性の場合は感染後2週間だったからやっと見つけた。

(陽介)ではどうすればいいでしょうか?

(私)まず大原則は献血をHIV検査代わりに使わないということだね。不安な人は保健所に行くか、病院で検査を受けることだ。

(陽介)そこですよね! もしも今回の男性が本当に問診のとき事実と異なる回答をしていたとしたら、いったいそうまでして献血をHIV検査代わりに使おうとするのは何故でしょうか。保健所なら無料で匿名なのに。

◇献血をHIV検査代わりにしようとする理由とは?

(私)そうだね。献血はHIV検査代わりにならないけど、仮にカン違いしていたとしたら、こんな理由で献血を検査代わりに利用したいと思ったんじゃないかな。

①利便性の問題

②世間体の問題

③検査時期(ウインドーピリオド)の問題

この3つだね。

(陽介)おじさん、分かりやすく説明してください。

(私)いいよ。まず、利便性の問題だね。保健所は原則として平日の昼間しかHIV検査をやってない。それも保健所によっては完全予約制のところもある。しかも、毎日じゃなくて1ヶ月に数回しかHIV検査をしない保健所も多い。

(陽介)うわー、それじゃ仕事が忙しい人はなかなか行けないですね。

(私)実際問題そうだね。ただ、東京などの人口が多い大都会では平日の夜間や休日にも無料のHIV検査をやっている施設もある。でもそれはほんの一部だよ。その点、献血は12月31日と1月1日しか休まない。休日、祝日もやってるからね。

(陽介)なるほどです。利便性の問題はそれだけですか?

(私)もうひとつある。保健所のHIV検査には通常検査と即日検査の2種類があるんだ。

●通常検査
採血してもすぐには検査結果が出ない。約1週間後に再度保健所に行って検査結果を確認しなくてはならない。電話、メール、郵便などでは教えてくれない。つまり保健所に2回行く必要がある。

●即日検査
採血から1時間以内に検査結果が分かる。当然1回だけ行けば済む。

この2種類なんだ。最近では即日検査の保健所が増えているけど、まだ通常検査しか出来ない保健所もあるんだよ。⇒補足資料③

(陽介)そうなんですか。平日に2回となるときついですね。それから2番目の世間体って何ですか?

(私)これも人口の多い大都会だとあまり問題にならないかも知れない。小さな地方都市では世間が狭いので、世間体を気にして保健所に行けない人がいる。自分がHIV検査を受けに保健所に行ったことを知られたくないと思うんだね。

(陽介)そうかぁ・・・。いくら匿名検査でも保健所には職員もいるし、他の用事で来る人もいますよね。知ってる顔にバッタリ、なんてことも心配なんですね。

(私)そういうことだね。あるいは中高年の人にとっては対面検査そのものが恥ずかしいと感じることもある。

(陽介)保健所の利便性や世間体を気にする問題は分かりました。三番目の検査時期ってどういうことですか?

(私)例えばHIV感染の不安を持っている人がいたとして、その人が1日も早く不安を晴らすためにHIV検査を受けたいと思ったらどうする?

(陽介)うーん、保険所や病院では感染機会から2ヶ月、3ヶ月しないと正確な判定は出来ませんよね。

(私)その通り。HIV抗体検査では最低2ヶ月、抗原検査でも1ヶ月は待たないと正確な検査はできない。

(陽介)血液センターではどうなんですか?

(私)血液センターではもっとウインドーピリオドの短いNAT検査を導入しているんだよ。血液センターのホームページを見れば分かるけど北海道、東京、京都、福岡の4ヶ所の血液センターでNAT検査を行っているんだ。⇒補足資料④

このNAT検査だと感染機会から11日目には検査が可能と言われている。

(陽介)そうでした。以前、『どうしても早くHIV検査を受けたいときは?』というお話で教えてもらいましたね。

(私)そうだったね。確かに1日でも早くIHV検査を受けてハッキリさせたいという気持ちも分かるけど、実際問題として早く検査を受けることにそれほど意味はないよ。

(陽介)えー!だっておじさんはいつも早期検査が大事だって言ってるじゃないですか!

(私)それは何ヶ月もHIV検査を先延ばしにするのは良くないと言ってるんだよ。感染機会から11日目に検査受けても90日目に検査を受けても治療には影響ない。

だから不安な気持ちも分かるけど少しだけ待って保険所のHIV検査を受けて欲しいね。

◇結論!献血はHIV検査代わりにならない!

(陽介)でもおじさん、結局献血はHIV検査代わりにはならないんですよね?

(私)その通り!今、献血をHIV検査代わりに使おうとする人の気持ちを推察して3つの理由を挙げてみたけど、実際には献血はHIV検査代わりにならないし。そこは誤解のないよう、ハッキリさせておきたいね。

(陽介)でも、いくらそう言っても献血をHIV検査代わりに使おうとする人がいるんでしょうね。

(私)だからもっと保健所の利便性を高めること、そしてHIV検査は90日(3ヶ月)待ってから受けても十分間に合うことを公告して欲しいね。

(陽介)そうですよね。それが今回のような事件を防ぐ本質的な解決方法ですね。

(私)おじさんはそう思うね。いくら献血前の問診を厳しくやってもウソを回答されたら見抜けない。それにあまり厳しくすると献血を受ける人が減ってしまうかも知れない。そうでなくても献血してくれる人は減り続けているからね。

HIV感染に不安を持つ人が誰でも真っ先に保健所に行くような環境を整備して欲しいね。

(陽介)よく分かりました。

(私)それじゃ最後に今回のまとめだよ。

『HIV検査は保健所で!献血はHIV検査の代わりには使えないし、使おうとする行為は非常に危険でもある。』

(陽介)どうしても仕事の都合で保健所に行けない人はどうすればいいですか?

(私)うーん、それは優先順位の問題だね。もしもHIVに感染していたら命に係わる。自分の命より大事な仕事なんてないよね。それでも、どうしても保健所に行けない人は自宅で使えるHIV検査キットという方法もあるよ。

(陽介)分かりました。絶対に献血をHIV検査代わりにしてはいけない、ということですね。

(私)そうだよ。そして献血はHIV検査の代わりにはならいことを最後にもう一度言っておくよ。

(陽介)了解です。

(私)では今回のお話はこれでお終い。

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補足資料

①献血の問診票(日本赤十字社)

②献血件数及びHIV抗体・核酸増幅検査陽性件数(エイズ動向委員会)

リンク先ページの一番下にデータがあります。ここ数年は年間のHIV陽性は100件を下回っています。ちなみに2013年については1月から9月に55件のHIV陽性が報告されています。(いずれも献血のHIV検査で報告された件数)

③保健所HIV検査2010(HIV検査完全がイド)

保健所におけるHIV検査の実体調査。

④血液センターのNAT検査

⑤B型・C型肝炎は献血で分かる?(B型肝炎の検査完全ガイド)